それでも今、私はここにいる。世界を覆う無数の小さな光の群れの下、小さなヘッドランプをひとつ灯して。始まりも終わりもなく続く偶然の連なり。そしてきっとそれは偶然などではないのだ。(中村広子「ゴゥワの実る庭」)
今年も、もう、あと2週間を切りました。
『アフリカ』の次号(第22号)は現在、制作(セッション!)中ですけど、2014年1月号となることが決定。今年は結局、年4冊(もうすぐ次が出るので、4.5冊?)で、これじゃあ「隔月刊」ではなく「季刊」ですね。「季刊でいいじゃないか、誰も焦ってないし」という意見もあり、「あれ? もう3ヶ月もたった?」という意見もあるので、まぁ、ちょうどいいペースを『アフリカ』自身がわきまえているのかもしれません。定期購読は「6冊セット」ということにしたので、もし、万が一「どうなってンの?」という方がいらっしゃれば、焦らず、ゆったりお待ちください。とにかく、この『アフリカ』という雑誌、不思議な力を保ったまま、元気に“生きて”いるので、“体調”には気をつけつつ、“旅”をつづけます。
いろいろ忙しいので、息抜きに音楽の話。クリスマスといえば、ぼくにとっては“音楽”ですけど、15年、20年と聴いていると、毎年、毎年、新しい(クリスマス・ソングのアイデアが詰まった)モノと出会えるかというと、そう簡単には出会えなくなっていて、毎年聴いているものを、聴くくらい。なので、クリスマス・アルバムではないですけど、最近は、これをよく聴いています。
Donny Hathawayの作品には、ジャズ的なもの、ゴスペル的なもの、いろいろな要素が入っている。セカンド・アルバム『Donny Hathaway』では、「A Song For You」とか、もうちょっとポップ寄りな曲をやっているけど、ファースト・アルバムの『Everything Is Everything』は、ブルース、ジャズ、ファンク、けっこうコテコテなんですよ。セカンドはポピュラリティーを追求していて、『Live!』では長尺を聴かせ、そして『Extention Of A Man』。あれは必殺だった。僕にとってDonny Hathawayは70年代のクロスオーバー・ソウル・ミュージック、R&Bがソウルに変わっていった時代の扉を開けてくれたミュージシャンだった。音楽に境界を作ってはいけない、ってね。(山下達郎)
なんて達郎先生はおっしゃっておりますが、アメリカのRhinoから出たDonny Hathawayのアンソロジー(4枚組のボックス・セット)。日本盤は、なが〜いブックレットの文章を翻訳するのにお金がかかったのか、けっこうな値段しますが、輸入盤で買えばだいたいどこの店でも3000円前後。かなり安くで手に入ります。
未発表のスタジオ・レコーディングだけ(こんなに残っていたんですね…)を収めたDisc2と、『Live!』のアウト・テイク(New YorkのライブハウスThe Bitter Endでのライブ音源… これがすごい!)を収めたDisc3が目玉ですけど、Disc1もシングルバージョンや初CD化(たぶん)音源など満載の、充実したベスト盤的内容になっていて、全篇すごく聞き応えがあります。音もすごくいい。デジタル・マスタリングの力、おそるべしです。
レア音源はもちろん嬉しいんですけど、Disc1に入っているMonoバージョンの音圧(グルーヴって言いますよネ)、素晴らしい。この年末、こればっかり聴いています。
Donny Hathawayは33歳で亡くなっているので、ぼくはもうその歳を超えてしまいました。しかし、これがほとんど全て、20代の人の演奏と歌とは…
次回の更新では、『アフリカ』最新号のニュースに触れられますように。また来週。よい年末をお過ごしください。
2013年12月18日水曜日
2013年12月13日金曜日
『アフリカ』のクリスマス・ギフト
大つかみな言い方をすると、共鳴は未知の世界からやってくる回答であり、ある種の秩序を生みだすものである。それは現象的世界と内なる世界、事物と本質、生徒と先生、先生と教えの橋渡しをしてくれる。どんなにかすかな共鳴であっても、意味と目的を確かなものにし、勇気を与えてくれる。共鳴は美の追求の糸口ともなるのである。(アラジン・マシュー)
『アフリカ』のクリスマス・ギフトと言えば、一昨年の年末につくった『アフリカ』2011年12月号。もう2年たつんですね。はやいなぁ。
ここから、珈琲焙煎舎との、不思議な縁がつながり、コラボレーションがはじまったのでした。思い出深い号です。もちろん2013年の年末にも使えます。(山下)達郎さんの「クリスマス・イブ」が30年たっても聴けるように。べつにクリスマスでなくてもいいのですが、冬の贈り物。冬のお便り。シーズンズ・グリーティングです。
現在でも発売中、400円です。メールでの申し込み、もちろん受付中(harumisong★gmail.com(下窪俊哉)まで。※★を@にかえてください)。珈琲焙煎舎には、まだあるかな? あと、OYATSUYA SUNあたりには、持っていってみようかな?(12/14追記:OYATSUYA SUNでは販売中。クリスマスの後くらいまで?)
吉祥寺美術学院の北村愛子さんによる絵と、ぼくの書いたお話とのコラボ「ハコちゃんの家の美しい夜」が載っています。
芦原陽子が、はじめて『アフリカ』に書いた号であります。このタイトル…
すっかりお馴染みになった高城青のエッセイ漫画。これが、最初でした。「はじめてづくし」だったんですね。いま気づきました。
犬のことばを「翻訳」したクリスマス・メッセージもあります。連載中だった「ゴゥワの実る庭」もしっかり載ってます。
冒頭のことばは、先週、紹介した『大きな耳』から。たとえば「創作」とはなになのか? ということも、この本は明るく示してくれています。しばらくは、ゆっくり、ゆっくり読み返していると思います。
『アフリカ』のクリスマス・ギフトと言えば、一昨年の年末につくった『アフリカ』2011年12月号。もう2年たつんですね。はやいなぁ。
ここから、珈琲焙煎舎との、不思議な縁がつながり、コラボレーションがはじまったのでした。思い出深い号です。もちろん2013年の年末にも使えます。(山下)達郎さんの「クリスマス・イブ」が30年たっても聴けるように。べつにクリスマスでなくてもいいのですが、冬の贈り物。冬のお便り。シーズンズ・グリーティングです。
現在でも発売中、400円です。メールでの申し込み、もちろん受付中(harumisong★gmail.com(下窪俊哉)まで。※★を@にかえてください)。珈琲焙煎舎には、まだあるかな? あと、OYATSUYA SUNあたりには、持っていってみようかな?(12/14追記:OYATSUYA SUNでは販売中。クリスマスの後くらいまで?)
吉祥寺美術学院の北村愛子さんによる絵と、ぼくの書いたお話とのコラボ「ハコちゃんの家の美しい夜」が載っています。
芦原陽子が、はじめて『アフリカ』に書いた号であります。このタイトル…
すっかりお馴染みになった高城青のエッセイ漫画。これが、最初でした。「はじめてづくし」だったんですね。いま気づきました。
犬のことばを「翻訳」したクリスマス・メッセージもあります。連載中だった「ゴゥワの実る庭」もしっかり載ってます。
冒頭のことばは、先週、紹介した『大きな耳』から。たとえば「創作」とはなになのか? ということも、この本は明るく示してくれています。しばらくは、ゆっくり、ゆっくり読み返していると思います。
2013年12月6日金曜日
いろいろさまざまなこと
もっとも深いオリジナリティは世界に開いた透明な自我から産まれる。オリジナリティは、自我から踏み出すことで得られるといえるだろう。(ジェーン・ハースフィールド)
12月に入り、夫婦で、昨年につづいて2度目の箱根へ行ってきました。今年の紅葉は、少し遅れているようでしたが。
それでも、朝になり、窓をあけると、コレ。美味しいものを食べ、温泉に入って、ただ、のんびりした2日間でした。今年も、おつかれさまでした、と。このあと、今月はもう(ほとんど)休みなく走り終えるつもりなので。
宮の下の「NARAYA CAFE」ギャラリーからの眺め。足湯(無料)にはいりながら飲食ができるカフェ。箱根の他の観光地にはない類の、いい「気」が集まっていました。週末は混むそうですが… 宮の下では、イタリアンの店にも行きました。あと、富士屋ホテルの庭園にある温室とか。
今年も、いろいろなことがありました。日常から離れて、2日間、ゆったり過ごしながら、いろいろさまざまなことを、思い出しました。まだ、残り25日ほどありますが。
帰宅したら、青山純さんの訃報がニュースで流れていて、ビックリしました。目を疑った。まだ、50代のはずです(享年56とのこと)。小川真一さんがさっそく「追悼・名ドラマー、青山純の名演16選+2」として紹介してくれている記事(音つき)が見つかったので、リンクしておこう。いわゆる、スタジオ・ミュージシャン。80年代から00年代前半まで、山下達郎のライブ、レコーディングの大半に参加していたドラマー。1999年の1月、名古屋で、はじめて山下達郎のコンサートを観たときに、その重量感満点のサウンドと、独特のビートに、ショックを受けたといっていいくらい感動しました(「メリー・ゴー・ラウンド」では、ドラム&ベースの掛け合いによる「ソロ」もありましたね)。達郎さんのコンサートに参加した青純さんを観たのは、そのあと、2002年3月の広島が最後でしたが、なぜか一番印象的に思い出すのが、その直後、2002年5月に、たしか梅田(大阪)のライブハウス・バナナホールで行われたNelson Super Projectのライブを観に行ったとき、オープニング「Work To Do」のアタマで、青純さんがリズムをとりだした瞬間の音です。達郎さんのツアー「RCA/AIR YEARS SPECIAL」が千秋楽を迎えた翌日だったかで、まるで「打ち上げ」のような雰囲気でした。曲間には全員、よく喋ってもいて、青純さんも愉快そうにマイクをとって、離そうとしませんでした。あの夜を、急に思い出しました。
最初のニュースからは、「急死」という様子を感じましたが、どうやらずっと体調を悪くしていたそう。どうぞ、安らかに。
今週は、もうひとつ。ずっと欲しかった本を手に入れました。府中に住んでいたころ、図書館で何度も何度も借りて、読んでいました。横浜の図書館にはなくて、読めず、残念でしたが、ようやく古本で安く手に入れることができて。嬉しい。大事にします。さっそく、昨夜、アトリエに持って行って、学生たちと読んでいました。
12月に入り、夫婦で、昨年につづいて2度目の箱根へ行ってきました。今年の紅葉は、少し遅れているようでしたが。
それでも、朝になり、窓をあけると、コレ。美味しいものを食べ、温泉に入って、ただ、のんびりした2日間でした。今年も、おつかれさまでした、と。このあと、今月はもう(ほとんど)休みなく走り終えるつもりなので。
宮の下の「NARAYA CAFE」ギャラリーからの眺め。足湯(無料)にはいりながら飲食ができるカフェ。箱根の他の観光地にはない類の、いい「気」が集まっていました。週末は混むそうですが… 宮の下では、イタリアンの店にも行きました。あと、富士屋ホテルの庭園にある温室とか。
今年も、いろいろなことがありました。日常から離れて、2日間、ゆったり過ごしながら、いろいろさまざまなことを、思い出しました。まだ、残り25日ほどありますが。
帰宅したら、青山純さんの訃報がニュースで流れていて、ビックリしました。目を疑った。まだ、50代のはずです(享年56とのこと)。小川真一さんがさっそく「追悼・名ドラマー、青山純の名演16選+2」として紹介してくれている記事(音つき)が見つかったので、リンクしておこう。いわゆる、スタジオ・ミュージシャン。80年代から00年代前半まで、山下達郎のライブ、レコーディングの大半に参加していたドラマー。1999年の1月、名古屋で、はじめて山下達郎のコンサートを観たときに、その重量感満点のサウンドと、独特のビートに、ショックを受けたといっていいくらい感動しました(「メリー・ゴー・ラウンド」では、ドラム&ベースの掛け合いによる「ソロ」もありましたね)。達郎さんのコンサートに参加した青純さんを観たのは、そのあと、2002年3月の広島が最後でしたが、なぜか一番印象的に思い出すのが、その直後、2002年5月に、たしか梅田(大阪)のライブハウス・バナナホールで行われたNelson Super Projectのライブを観に行ったとき、オープニング「Work To Do」のアタマで、青純さんがリズムをとりだした瞬間の音です。達郎さんのツアー「RCA/AIR YEARS SPECIAL」が千秋楽を迎えた翌日だったかで、まるで「打ち上げ」のような雰囲気でした。曲間には全員、よく喋ってもいて、青純さんも愉快そうにマイクをとって、離そうとしませんでした。あの夜を、急に思い出しました。
最初のニュースからは、「急死」という様子を感じましたが、どうやらずっと体調を悪くしていたそう。どうぞ、安らかに。
今週は、もうひとつ。ずっと欲しかった本を手に入れました。府中に住んでいたころ、図書館で何度も何度も借りて、読んでいました。横浜の図書館にはなくて、読めず、残念でしたが、ようやく古本で安く手に入れることができて。嬉しい。大事にします。さっそく、昨夜、アトリエに持って行って、学生たちと読んでいました。
2013年11月28日木曜日
『ふうラボ』のこと、『技法以前』のこと
「信じる」ということは、目に見える否定的な現実にもかかわらず、がっかりしたり心配しないという振る舞いを私たちにもたらすだろう。そのような「現場への立ち方」を教えてくれるだろう。(向谷地生良)
11月も残り数日。今年は夏が暑すぎて、すごくなが〜い夏でしたが、そのぶん涼しくなってからは、文字通りあっという間に過ぎていく感じがします。いかがお過ごしでしょうか?
NPO法人風雷社中での仕事をはじめて、1年2ヶ月ほどがたちました。それも、なんだか、あっという間、という気分です。知的障害、自閉症などの「障害」をもつ人たちの移動支援、外出支援などの「ガイドヘルパー」の仕事はもちろんですけど、今年になってから、『ふうらいラボⅡ』(通称『ふうラボ』)という広報紙の編集部も担当しています。ちょうど11月号(11月末発送号)が完成したところ。
風雷社中の拠点は、大田区ですが、現在、HASUNUMA☆BASE(蓮沼)と、EBAKOU☆BASE(矢口渡)の2か所があり、HASUNUMA☆BASEではおもちゃ図書館の「じゃりかふぇ」があり、EBAKOU☆BASEでは、就職や社会参加(というのか何というのか)に難を抱える若い人たちの支援活動もやっていて、その2か所を中心に行われているイベントや、風雷社中のスタッフが発信しているインターネット・ラジオ「OpenSession」などの情報を、『ふうラボ』では編集して入れられるだけ入れています。
そういう、「情報紙」の役割を果たす(果たせているカナ?)一方で、「観てない映画批評」を筆頭(横綱?)とする、どうでもよさそうな(?)記事もあり、そのへんは、この編集部(『アフリカ』と同じ人)ですからね… でもそれが面白いという人もおります。のです。
フリーペーパーなので、大田区内で見つけた方はぜひお手にとって見てみてください。まだ置かれている箇所が少ないので、「置くよ!」という場所があれば、それも、ぜひ! 遠慮なくご連絡ください!(これも、「小さな本」ですヨ。)
さて、昨夜のアトリエでも、たくさん話してきましたが、ぼくからの昨日の「お土産」は、べてるの家の記事(『BIG ISSUE』2011年1月1日号〜「特集:いま、当事者研究の時代」)でした。「治す」「治る」ということばについて、けっこうながい時間、話し合っていたような。べてるの家の、当事者、ソーシャルワーカー、精神科医たちのことばは、なんというか、まったく「表現者」のことばで、彼らの“順調に行き詰まっている”様子を読んでいると、不思議な力がわいてきます。
冒頭の、向谷地さんのことばは、この本から。医学書院の「シリーズケアをひらく」の一冊で、『技法以前』という本。べてるにかんする本は、いまや、たくさん出て、まずはどれを、というのもないのですけど、ぼくは、これをよく手にとります。この本は、ぼくのかかわっている、あらゆる仕事に通じる何かを持っているように感じて、その感じは、日に日に増してきています。
11月も残り数日。今年は夏が暑すぎて、すごくなが〜い夏でしたが、そのぶん涼しくなってからは、文字通りあっという間に過ぎていく感じがします。いかがお過ごしでしょうか?
NPO法人風雷社中での仕事をはじめて、1年2ヶ月ほどがたちました。それも、なんだか、あっという間、という気分です。知的障害、自閉症などの「障害」をもつ人たちの移動支援、外出支援などの「ガイドヘルパー」の仕事はもちろんですけど、今年になってから、『ふうらいラボⅡ』(通称『ふうラボ』)という広報紙の編集部も担当しています。ちょうど11月号(11月末発送号)が完成したところ。
風雷社中の拠点は、大田区ですが、現在、HASUNUMA☆BASE(蓮沼)と、EBAKOU☆BASE(矢口渡)の2か所があり、HASUNUMA☆BASEではおもちゃ図書館の「じゃりかふぇ」があり、EBAKOU☆BASEでは、就職や社会参加(というのか何というのか)に難を抱える若い人たちの支援活動もやっていて、その2か所を中心に行われているイベントや、風雷社中のスタッフが発信しているインターネット・ラジオ「OpenSession」などの情報を、『ふうラボ』では編集して入れられるだけ入れています。
そういう、「情報紙」の役割を果たす(果たせているカナ?)一方で、「観てない映画批評」を筆頭(横綱?)とする、どうでもよさそうな(?)記事もあり、そのへんは、この編集部(『アフリカ』と同じ人)ですからね… でもそれが面白いという人もおります。のです。
フリーペーパーなので、大田区内で見つけた方はぜひお手にとって見てみてください。まだ置かれている箇所が少ないので、「置くよ!」という場所があれば、それも、ぜひ! 遠慮なくご連絡ください!(これも、「小さな本」ですヨ。)
さて、昨夜のアトリエでも、たくさん話してきましたが、ぼくからの昨日の「お土産」は、べてるの家の記事(『BIG ISSUE』2011年1月1日号〜「特集:いま、当事者研究の時代」)でした。「治す」「治る」ということばについて、けっこうながい時間、話し合っていたような。べてるの家の、当事者、ソーシャルワーカー、精神科医たちのことばは、なんというか、まったく「表現者」のことばで、彼らの“順調に行き詰まっている”様子を読んでいると、不思議な力がわいてきます。
冒頭の、向谷地さんのことばは、この本から。医学書院の「シリーズケアをひらく」の一冊で、『技法以前』という本。べてるにかんする本は、いまや、たくさん出て、まずはどれを、というのもないのですけど、ぼくは、これをよく手にとります。この本は、ぼくのかかわっている、あらゆる仕事に通じる何かを持っているように感じて、その感じは、日に日に増してきています。
2013年11月20日水曜日
元気になれる場所
自分のありようを受け止め、そこで自分を肯定している人が、人にかかわるのは、ものすごく大事なことやと思う。(西田真哉)
『アフリカ』の編集後記にも書きましたけど、昨年から、週1回、吉祥寺美術学院のアトリエで国語の授業を担当しています。
そこでは、センター試験・国語の対策を、学生たちと一緒にやって、お給料をいただいているのですが、単に受験生のセンター試験対策というのにとどまらない、いろんな話をすることにしていて。ひろい意味で、「ことば」にかんする授業、あるいは、「ことば」にかんしてあれこれする場、と思っています。
学生たちは、全員が芸大・美大入学を目指している20歳前後の若者たちで、彼らを見て話していると、当然ぼくは自分の10数年前を振り返りたい気にもなり、いろんなことを思い出して、あれもあった、これもあった、と、逆に忘れていた宝物をいろいろいただいて毎週帰ってきている。ような、気がします。
先週は、「知っている」「知る」って、どういうことだろう? という語り合いの時間が少しありました。授業後に、だったけれど。
今週、別のきっかけから、たまたまこの本を出してきて、めくっていたら、同じようなことを考えている箇所があって、今日の授業では、そこを少しだけ読む時間をつくろうかな、と考え中。この本『かかわり方のまなび方』は、著者の西村佳哲さんが、さまざまなワークショップや、プロジェクトのなかで出会ってきた、「ファシリテーションの世界を訪ね歩いた」「報告書」のような本。上の、西田真哉さんのことばは、この本から。
先週は、ホックニーの画集の話もしたっけ。それでぼくは学生のころ夢中で読んだこの本を思い出して、帰宅してから、久しぶりに読んでみていました。「紙のプールで泳ぐ」という、ホックニーの画集について書いた短文を含む、いろいろな「本」にかんするエッセイ集。片岡義男さんの、作文のスタイルに、20歳前後のぼくはすごく影響を受けたんでした。この本を読むと、なんだか、励まされているようです。よし、また頑張ろう、という気になりました。よし、今日はこの本も持って行こう。(大丈夫です、センター試験対策の授業もしっかり進めてます。でも、まぁそういう勉強は学生ひとりひとりが進めていれば勝手に進むんですけどね。)
先週末は、久しぶりに夫婦で、近くの根岸森林公園へ散歩に出かけました。これは、お気に入りの場所からの眺め。ことのはさんには、仲良しの木がいて、その木が立っている場所なんです。
そこにいると、そこに行くと、元気になれる場所というのが、いろいろあるといいですね。ぼくには、どれくらいあるかなぁ。自分が元気になれる場所を拠点に、いま、ぼくは自分の仕事をできている気がしていて。これは、数年前まで、考えられないことでした。
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