2014年12月30日火曜日

〈からす〉の共演

 ことばとは、行動である。(スタニスラフスキー)

 こちらの更新が滞っていました。2014年も明日まで、という12/30の夜に書いています。ぼくは今日がいちおう仕事納めでした。「いちおう」というのは、今年もまた残してしまった宿題がイロイロあるから… 年末はあまりの多忙さに年賀状にもまったく手がつけられていない状況で、この際、開き直って、お正月の挨拶ではなく、お正月の様子を知らせる媒体にすれば面白いんじゃない? なんて思いついているところです。まー、ようは言い訳です。


 いろいろお伝えしてきたとおり(詳しくは「道草の家・ことのは山房」のサイトをご覧ください)、この12月、絵本『からすのチーズ』を無事に発売することができました。どんな本なの? をじっくり書く暇もなく、ここまで過ごしてしまいました。

 が、おかげさまで、発売から半月、予想を超えるたくさんの反響があり、ご愛読いただいている皆様へは心から感謝、です。素晴らしい作品だという確信はあるのですが、ぼくがよいと思うものが多くの人に受け容れられるかというと… 正直、不安が大きくて。
 でもふたを開けてみると… ぼくが夏にこの作品を「発見」したときの感触は、読む人にはしっかり伝わっているという気がしています。
 制作にかんする経緯は、数日前に完成したばかり(定期購読の皆様へは発送中、もうそろそろつくころかな?)『アフリカ』第24号(2015年1月号)に少し書いています。
 12/13に、『からすのチーズ』を先行販売したときに、販売ブースに子どもたちがやってきて、絵本を手にとって楽しそうにしているのを見て、なんかね、涙が出そうでした。しかしね、じつはこの絵本、大人が読んでもすごくいいです。大人にこそ読んでほしい、という気すらしています。

 スペシャル・セットは、みんな買ってくださっているので、もしかしたら売り切れが近いかも。欲しいと思っている方は、ぜひお急ぎください。

 今年は、いろんな意味で、とてもとても大きな飛躍の一年になったかもしれません。ま、そんなことや、あんなことも、年が変わってから、ゆっくり書くことにいたしましょう。いやー、今年もつかれたなー。お正月くらい、少しはのんびりしようと思います。今月、また毎日書いている「道草のススメ」は、1月もつづきます。『アフリカ』は1月号だものね。「プロモーション」と称して今回はもうひと月、書きます。

 来年もひきつづき、よろしくお願いします。よいお年を。

2014年10月24日金曜日

【お知らせ】しむらまさと絵本『からすのチーズ』──12月発売予定!

 表現したいことがある人のまわりには、かならず小さなマーケットがある。(ビル・アトキンソン)

 秋もしだいに深まってきました。いかがお過ごしでしょうか。

 このブログの前回の更新分(9月末)の最後で、こんなことを書きました。

 10月は、またいろいろと新しい動きがあると思います。ここで発表することもいくつかありそう。どうぞお楽しみに。というか、自分も楽しみです。

 なんとも、もったいぶった書き方になっておりましたけど、話が具体的に動き出して、スペシャル・サイトなるものをつくったので、お知らせします。

 題して、「しむらまさと絵本『からすのチーズ』スペシャル・サイト


 ウェブ・デザインは借り物みたい(?)ですが、中身はホンモノです。

 「アフリカキカク」を、雑誌『アフリカ』だけでなくて、「ちいさな本」をつくり「らしい」感じでお届けしていく出版レーベルにしていこう、という計画は以前からありました。
 この数年、「これを本にしたい」と思えるものが、ぼくの回りに、「アフリカキカク」のまわりに、次々と現れていたから。
 ただ、日々の仕事や、『アフリカ』に追われて、なかなか手が回らなくて。

 そんなある日、数ヶ月前だったか、「外出支援」の仕事で大田区へ行ったときに、あるファイルを出してきて、「これ、本にならないかなぁ」ってつぶやいた方がいて、それがしむらまさと君のお母さんでした。

 彼は今年になってから、ひとりで(いちおうぼくが「支援者」としてついてはおりましたけど)道草の家へ泊まりに来たこともありました。しむら家と道草の家とは、公私を超えた付き合いです──という前に、しむら家は仕事云々を超えていろんな人が出入りしてご飯を食べたり、お喋りしたりしている、街のなかにひっそり存在する「森のイスキア」のような場所(言いすぎたかな)で、ぼくはそこに出入りしているひとりなんですね。

 で、ぼくはそんなファイルが存在することを、そのときはじめて知って、「やりましょう!」と。なにより、そこに書かれている「絵本」が、いかにもまさと君らしい、爽快な内容だったから、というのが大きかった。イソップ童話の教訓めいた話を爽やかに吹き飛ばす、シンプルないい作品です。

 今回、「アフリカキカク」の本としてつくりますが、きっかけとなったファイルをつくったのも、絵本のデザインを行うのも、著者が参加する「ワークショップノコノコ」の荻野夕奈さん。じつはぼくは荻野さんの展覧会にも足を運んで、ずっと注目していたので、今回のコラボレーションの実現を楽しみにしていました。

 じゃあ下窪俊哉は何をするの? って話ですけど、プロデューサーというか、雑用全般というか。
 出版レーベル「アフリカキカク」は、自分の作品とか、『アフリカ』の作品を本にしたいだけのものではないので(それもやると思うケド)、しむらまさと君の絵本が最初の本になるのは、全然おかしいことじゃないし、むしろふさわしい、自然な流れだと思っています。

 詳細はこれから徐々に出していきますけど、価格は1000円(前後)を予定していて、コンサート会場とか、珈琲屋、パン屋など、また本屋以外の場所で売るのがメインになりそう(あくまでも予定)。もちろんネット販売もする予定です。

 ひとまず第一報まで! ぜひご期待ください。

2014年9月30日火曜日

生存報告(2014年9月)

 われわれがほかの人びとに与えることのできる最大の名誉のひとつは、その人をあるがままの姿で見ることだ。(シヴァ・ナイポール)

 また少し間が空いてしまいました。いかがお過ごしでしょうか。もうすぐ10月になりそうなので、その前に、少しだけおお蔵入り(?)しそうな写真をアップしておきましょう。道草の家の我々を普段から応援してくださっている皆さまへ向けた近況報告?


 『アフリカ』第23号(2014年8月号)をお買い求めいただいた皆さま、買ってはいないけど某所で読んだよ! という皆さま、雑誌を手にとってご覧くださった、すべての方々へ感謝、です。ただもう少し残っているはずです。ぼくの手元には、残り10数冊。アフリカキカクの拠点である珈琲焙煎舎(府中市)と、高城青の手元にも少しは残っているはずです。もう少し買えるところを増やしてよ! という声もいただいておりますが、面倒な雑誌で、本当に気に入ったところがないと行かないそうです。気長にお待ちください。諦めたころに、え? という展開があるカモ?


 珈琲焙煎舎は、もうすぐ3歳の誕生日を迎えます。この人が3歳じゃないよ(え? わかってる?)。店主、いつもありがとう。3年、つづける、しかも当初のコンセプト(やら何やらイロイロサマザマなこと)からブレずに頑固につづける、というのは、けっこうたいへんなことだ、とぼくは思ってます。この3年のアフリカキカクは、珈琲焙煎舎なしでは考えられませんでした(もともとは、たまたま近所に住んでいたという理由でしたっけ?)。これからもよろしくねー!


 その焙煎舎がある府中市、府中駅前の並木道は相変わらず… ではありません。並木道は無事ですが、府中駅前のステキな路地街はゴッソリ取り壊され、ショッピングモールか何かを建設中。いわゆる再開発っちゅーやつですな。なんという暴力的な街のつくりかえ方でしょうか? ぼくには馴染みの深い大阪のあべの橋筋も似たようなことになっており、さみしい思いをしています。経済効果? いまさら誰がそんな夢みたいなこと考えてんだ? 情けないですワタクシは。なるだけ行かないようにしたい。けど、いつか気になって行くだけ行ってみるのでしょうね。うーん。


 ダイバーシティ工房「READYFOR?キックオフイベント」は、満員御礼、でした(クラウドファンディング「発達障害の中高生に、社会性を育てるプログラムを届けたい!」の30万円も早々に達成していますが、残り1日です)。
 イベント内「ことばのワークショップ」は、戸惑い、疑問がまざり合う生々しい時間になっていた。なので結果、ぼくも一緒になって戸惑い、疑問にまみれ。でも、ちょっと「ゆる」すぎたかなぁ、という反省もありました。「ワークショップ」は、「風任せ」ではないのですが、それをどう言えば伝わるだろう? と終わってから考えていました。ぼくも勉強が足りません。
 就労移行支援「ユースキャリアセンターフラッグ」柴田泰臣さんの話、すごく勉強になりました。
 就労の際、自分の「障害」を「オープン」にするか「クローズ」にするかに関係なく、なんとかなる方と苦労する(←なんとかならないとは言わない)方のちがいの分析、「ほんとうに大変な方は人とのつながり、家族とのつながりすら希薄」といった改めての指摘や、「何より自分にとって大切な人から大切にされること」というメッセージ。「可能な人は、いわゆる健常者のものまねの練習をする」という提案(?)──つまり、「表面」をふるまうことができればそれだけで有利になることがある、それは処世術で、その人の本質を変えるものではない──など。
 自分としては、「等身大の自分を知る」ということのお手伝い(?)が、ワークショップという場づくりで、できればよいなぁ、などと考えました。が、「等身大の自分」って? 「自分」を大きくとらえることができればよいのかなぁ。

 市川での「ことばのワークショップ」は、10月から本格的(?)にはじまります。


 大田区を拠点にした「「外出」という仕事」も継続してやっています。この写真は、公私共にお世話になっている“まーちゃん”(“画伯”です)の母の誕生会をやったときのひとコマ。ぼくは少し顔を出した程度でしたけど、たのしかったなぁ。“まーちゃん”のことは、これから年末にかけていろいろ書くことになりそう。ワクワクする話なので、ご期待ください。


 その画伯からいただいたお皿。いいだろ〜。羽ばたいてます。なんだか励まされるよう。なので、お皿としては使わず(もったいなくて?)、道草の家の2階の、ぼくが作業する横のテーブルに置いて眺めながら仕事してます。ありがとう!


 大田区、吉祥寺、市川、府中と飛び回っているようですが、住んでいるのはもちろん変わらず横浜の、道草の家です。これはうちの最寄りの山手駅。仕事から帰ってきたところで、昼と夜の境目の、なんかいい写真が撮れたので。


 9月中旬からは、少し体調を崩したり(ことのはさんも調子が悪くて)、吃音の調子が最悪だったり、気分的にもなぜか沈んでいて、どうしたもんか? と少し悩みましたが、悩んでもどうしようもないことは悩んでも仕方がないので、開き直って過ごしていました。
 そんなとき、吉祥寺美術学院のアトリエでの毎週の授業は、自分にすごく良い波をくれています。
 センター試験までは、早くも残り4ヶ月。授業は、実戦へ向けた対策へと徐々に入ってきていますが、アトリエからは、単なる国語教師の役を超えて、学生の「創作」とか「表現」にかんするヒントを毎週持っていき、場合によっては学生より先に先生が「すごく参考になる」ような資料(ネタは書籍に限らず、新聞、小冊子、フリーペーパー、チラシ、レコードのライナーノーツ、ジャンル不特定のものまで、多岐にわたるのですが)を提供しているのがすごく評価されていて。ぼくとしては、それは「課外活動」ではあるものの、じつは彼らにとってはそっちが本分(本業?)で、授業そのものより、授業後の語り合いのほうが長くなったりすることも?
 9月のある週、自分に余裕がなかったので、たいした準備ができなくて、出かける前に、本棚(というよりも、本が大量に放り込んである押し入れ)を眺めて、ふっと目についたこの(上の写真の)本を持っていきました。青山南さんの『短編小説のアメリカ52講』という本。ぼくはもとになった本も読んで持っていて、ついでに(そのさらに元になった)雑誌連載時も毎月読んでいた。この本には、アメリカの大学における創作科(小説を書くことを教える場、いわゆるワークショップ)にかんするいろんなことも書かれていて。
 今回はその本から、ジョン・ガードナーが「良い教師と悪い教師」について並べている箇所とか(たとえば、「あまりにもワークショップ的なワークショップはダメである」だって、そうね、笑)、ジョン・アービングがカート・ヴォガネットに教わったけどヴォガネットは「干渉しない主義」だったとか、いろんな意見を言う人がいて、その背景にはあれこれあるんだって話を一緒に読んだりした。
 大学での「ワークショップ」のような場にたいしては、いろんな意見があるだろうけれど、小川国夫からのぼくらへのラスト・メッセージにもあったように、安心して小説の(美術の)話ができる「国」も必要で(ビジネスなど酷悪だという人ばかりのなかにいたら若いビジネスマンは耐えられない、それと同じ?)、どんなひどいワークショップでも、心理的理由により、ないよりはマシである、とガードナーは言ったそうな。
 で、ふっと思いついて、学生たちに「先生がどんな教え方をしているか、に着目したことある?」と訊いてみたりもしました。


 さてさて、お待たせしました。光海(こう)は、生まれて半年が過ぎました。はやいねぇ。すっかり大きくなって。毎日、元気に泣いてお母さんを困らせているそうです。まだ“ハイハイ”はしておりませんけど、もうすぐしそうな感じ? お父さんに“たかいたかい”をされるのが好きです。ハイ。彼を見ると、ぼくは救われる気がします。そんなもんですかねー?


 子育て、たいへんですけど、あのね、やっぱりかわいいです。未熟な父母だけど、周囲の人たちに助けられながら何とか暮らしています。生きていくために一番大事な技術(?)は、「助けを求めることができる」ようになることなんじゃないかと思ったりもして… 毎日のように「もうダメだー」とこぼしてます(?)が、あたたかい目で見守ってやってください。


 先日は大雨で、広島で信じられないような土砂災害があり、たくさんの死者を出して。数日前には岐阜〜長野の県境にある御嶽山の突然の噴火があり、たくさんの人が遭難死をしてしまいました。どちらも、いつ自分の身に起きてもおかしくないような、ショッキングな出来事で。幼い子供が誘拐されて殺されたり、自分と同世代の音楽家が自死したり、そういうニュースもショッキングで、いろいろ考えておりますけど、今回のふたつの自然災害は、それらのショックを遥かに超えていました。いま、我々は、“自然”をどう捉えているか、問われているような気がします。“自然”を制圧して、コントロールしようとしてきた結果が、この社会なのだとしたら… 自分たちがいかに無力か、もう少し自覚したほうがよいのではないか、とか。そうすれば、いろんなことが少しはマシになるんじゃないか、とか。火山のことも、ぼくは幼いころから火山のある街で過ごしてきたのに、けっこう知らないことだらけで、ニュースを見るのにもすごく勉強になります。勉強しないでニュースを見たら、いかに噓が多いか、ということにもずっと注目しています。


 10月は、またいろいろと新しい動きがあると思います。ここで発表することもいくつかありそう。どうぞお楽しみに。というか、自分も楽しみです。

 道草の家では、この夏に買った蚊帳を、相変わらず吊って寝ています。蚊帳を吊ると光海がぐっすり眠れるようで、ことのはさんは「年中でもいい」と言っておりますが、案外それもいいかも?

2014年9月5日金曜日

「ことばのワークショップ」(2014年8月30日)報告記

 宇宙のあらゆる場所で、人を含むあらゆる生物(もしくは鉱物、浮遊物とかも)が、それぞれの孤独を抱え、確実な受信の当てもなく、発信を続けている。そして何もそれは、悲壮感漂うことではない。(梨木香歩『水辺にて』)

 9月になりました。こちらは秋のような日がつづいておりましたが、昨日あたりから、また少しずつ蒸し暑さが戻ってきています。とはいえ、着実に秋に向かっています。いかがお過ごしでしょうか?

 8月は、3月につづいて、「新・道草のススメ」を1ヶ月間、書きました。個人的には、書きはじめたときには想像もしなかった出来事もあり、いろいろな心の動きがあって、忘れられない月になりました。と、そこまでは読んでいるだけでは、わかりづらいかな? とは思いますが、ひきつづきアップしておきますので、え? やってたの? という方はぜひご覧ください。

 『アフリカ』最新号(第23号/2014年8月号)は、もちろん9月になっても10月になっても(なくなるまで)販売中。


 相変わらず、地味に一冊、一冊、売れています。お買い求めいただいた方々、いつもご愛読いただいている方々へ、ありがとうございます。こちらはすでに次号の原稿を読んでいる最中で、新しい試みにも、少しずつ手が出ているところです。しばらく停滞気味だったと自分では思っているのですが、ようやく、動き出すことができています。

 8月末には、ここでも少し触れていた「ことばのワークショップ」の最初のイベントをやりました。


 今回は、NPO法人ダイバーシティ工房(市川市)が運営する、ふたつの塾──スタジオPlus+と自在塾の中高生がターゲットです。
 スタジオPlus+に通っている人たちは、いわゆる“発達障害”をもつ人たち。“発達障害”とは何か? スタジオPlus+のサイトをリンクしておきましょう。今回は、“発達障害”の人も、そうじゃない人も集まってくれました。顔を合わせたら、みな、そこでは対等なメンバーになります。

 今回のワークショップ、開始前に、準備してあったテーブルや椅子を、すべて教室の隅に追いやって、ガランとしたスペースづくりからはじめました。会場となったスタジオPlus+市川中央教室には、さまざまな形や色をした椅子が、いろいろあります。到着した人は、好きな椅子を持って、教室の真ん中付近に集まって好きに過ごしていてください、ということにしました。そこから、ワークショップははじまっています。

 当日は、こんな“しおり”も配りました。シャレてるでしょ?


 さすが、魅力的な問題(?)を抱えたメンバー、時間通りにたどりつけない人、スタッフが電話をかけてようやく起きられて、走って向かってきた人、そういう人もいました。まだ到着していない人も数名いましたが、ぼちぼちはじめます。(最終的には6人、スタッフも合わせて9人のワークショップになりました。)

 まずは、企画者、ファシリテーターであるぼくの自己紹介から。まずは、自分は吃音者で、スムーズに喋ることができないこと、だから時間通りに進めることが(じつは)苦手なこと、など、自分の“弱み”の紹介から。
 そして、「ワークショップって何?」という話。「ショップって、店だよね?」と言った人がいました。「では、ワークは?」というと、「仕事かな?」。そんな話から。
 ワークショップとは? いろんなニュアンスで使われるようですけれど、ここでは、「先生が教える」のではなく、「みんなで学ぶ」時間や場のこと。なので、ぼくは先生ではありません、ワークショップには先生はいません。なんてことを言ったら、スタッフも一緒になってポカンとしていたようでした(笑)。

 そこからワークショップの本編。同じ塾に通う人同士でも、じつははじめて会う人たちばかり、とのこと。自己紹介からやりましょう、と。自己紹介というと、なんだか堅苦しい気がして、当日は「お互いのことを話す時間」と言っていました。

 名前と、最近興味があること、とか、マイ・ニュースを少し話してください、ということにしてお喋りをはじめたら、好きな色について語りはじめる人、アルバイトの体験談を話す人、遠くから引っ越してきたことを話す人、自分の性格について話す人、いろんな話がでました。これだけでも、けっこう面白い。

 それからその日のメイン・テーマは、「音を聴いて、何か書いてみよう」というもの。

 ぼくの準備して行った“自然音”のCDから、リクエストを募って、マレーシアのジャングルの一日を編集した7分ほどの音に、全員で耳を傾けました。

 そのあと、紙とペンを持って、各自、教室のなかの好きな場所(個別ブースや、歓談のできるテーブルが散らばっている)に行って、短い作文をします。

 その作文のあとの語り合いは、とっても自由で、充実したものになりました。今回は短い時間でしたから、じゅうぶんには書けなかったでしょうけれど、短い時間で、パッと出てきたものを書きとめるという作業は、じつはかなり面白いものです。

※今日は時間がなくなったので、ここまで。つづき、また書きます。

※最後にお知らせですが、今後つづけていく「ことばのワークショップ」の「発達障害の中高生向けのSSTプログラム」にかんして、「READYFOR?」での寄付募集がはじまっています。

 今回は「30万円」という数字を掲げてあります。けれど、もちろん見定めている目標はその先、持続的な「場」や「プログラム」を育てていくこと。関心をもっていただける方にはいろんな方がいて、そこにはいろんな応援の仕方──かかわり方があると思います。

 まずは、ぜひご覧ください。私自身、今回「ことばのワークショップ」を通して、彼らのあたたかい「場」に触れ、堅実な仕事ぶりを感じていて。よいパートナーになれたらいいなぁと思っています。何よりも、集まっている「人」たちが、何だかいいんですよ!

 9/13(土)には、今回の「READYFOR?」にからめて(一般向けの)イベントも開催して、私はワークショップの縮小版を実際にやる予定になっています。

2014年8月28日木曜日

【特集】『アフリカ』第23号(2014年8月号)

 今のわたしは、滔々と続く大きな力そのものを「神さま」と感じている。それは自然であったり、自分の力が到底及ばないもの全てであるとも言える。(高城青「とうとうと神さま」〜『アフリカ』第9号/2010年5月号)

 さて、おまたせしました。『アフリカ』最新号(第23号/2014年8月号)、本日、珈琲焙煎舎にて発売。焙煎舎の「のんびり日記」でも触れてもらってます。店主、よろしくお願いします!
 定期購読の皆さんや関係各位へは昨日あたりから届きはじめて、遠方の鹿児島、沖縄などの方へも今日あたり届くころと思われます。今回も、どうぞ急がず、ゆったりページをめくってみてください。もちろん、ざっと流し読みもできますが、ゆっくり読むのがオススメです。


 さ、なんでしょう? “セイウチ”号です(左は貝、三崎の海岸で拾ってきたもの)。「さんざん遅れておいて、悪そうな目つきがいいね」なんて言った人がおりますが。今回もいつも通り、向谷陽子の切り絵が飾ってあります。今回はけっこう難しい作品だったようですが、力作です。実物でじっくりご覧ください。

 雑誌の表紙には、執筆者たちの名前とか作品名とかが書き連ねてあるのがぼくは嫌いなので(多くがやっていることはできるだけやらないというテーマがありまして)、このように雑誌名と、発行月だけ。おかげで、何の雑誌なのか、表紙を見ただけではサッパリわからない、なかなか売れない、という苦労をすすんで買うことになっています。
 でも出会う人はしっかり出会って買ってくれます。
 定期購読は嫌で、毎回注文して、「待つ」のが楽しみだ、なんて言う方もいらっしゃいまして、それはすごーく『アフリカ』の読者らしい読者だと感心して見ております(笑)。
 すべての読者の方へ、いつもありがとうございます。

 今回は、予告通り、「お詫び広告」からはじまります。それはまぁ、手にとって、見てのお楽しみ、ということで。


 何度も申し上げているとおり、今回は高城青を大きくフィーチャーしています。青さんのファンの皆さん、お待たせしました。そういう方はきっと、エッセイだろうが小説だろうが詩だろうが漫画だろうが、何でも同じように(?)読んでいる方だろうと思います。本人は「自分のばっかりこんな載せて大丈夫やろーか?」と不安がっておりますが、大丈夫、きっとそういう偏りのない読者が『アフリカ』を真ん中で支えてくださっていると思うので。ある意味では、下窪俊哉より『アフリカ』らしい書き手ですよ。と、編集人は自信をもってお届けします。

 まずは、エッセイ(本人が言うところの「文字」)とイラスト。「らせん見る夢」は、高城青の“創作”活動の原点といま、を書いています。


 下窪俊哉「さまざまな歌」。ぼくは今回、久しぶりに掌編小説というか、絵でいうところのスケッチのような小さな作品を書いています。「高城青と、あとひとり」で、少し触れてもらっていますが、青さんによると「静かな時間が流れる掌編」だそうです。


 高城青の小特集、題して「高城青の、暮らしと作品たち」。冒頭は、旧知の犬飼愛生による高城青の「ひと」について。「顔」というエッセイです。


 最近はすっかりお馴染みのエッセイ漫画「それだけで世界がまわるなら」は、大盤振る舞い16ページ!(全48ページ中の16ページです。)
 今回は、30代半ばにして運転免許証をとろうと自動車学校に通ったエピソード。とにかくたくさんの人が出てきます。「家族の話」だったこのシリーズも最近、外へ飛び出して何かと精力的な気がします。

 下窪俊哉によるインタビュー「小さい目立たない救いの話にしたかった──高城青との対話」では、高城青というペンネームの由来から、描き(書き)はじめた原点の話、『アフリカ』との出会い、その後のエッセイ、イラスト、漫画などの作品について、その舞台裏について、ひとつひとつ回想しています。

 今回は、あと過去の作品として詩を一篇、載せています。「紅(あか)」という、いまはなき『詩学』からの転載です。


 そして、これもお待たせしました。芦原陽子の「妊婦体験記 - 後篇」。先ほどの青さんのブログによると、「出産にまつわる出来事や心の動きがつぶさに書かれていて、非常に読み応えがあります」。

 編集人は、今回のこの号が、ぼくたちの息子・光海の誕生記念特別号(?)にならないようにしよう、と思っていました。でも、子を産むこと、いや、子が生まれることがどういうことか? とか、子をもたない選択をする人もあり、子を産めない人もいる、さまざまな生があり、さまざまな死がある、そういうことを、少しでも出しておけたらいいなぁと思ってもいました。

 この話は、また次号へつづきます。


 というわけで、今回もぜひ一家に一冊。と言いながら、今回も部数が少なくて、多少は残るように必死で宣伝をサボっておりましたが、何かあると一気になくなりそうな部数しかありません。絶対に読みたい! という方はぜひお早めに。

 次号からはもう少し増やそうかな? と思っておりますが、もちろん内容も少しリニューアルして、というつもり。で、今回はひとつの区切りになるか、どうか。それはまた次号のお楽しみ。まずは新しい“セイウチ”号を可愛がってあげてください。よろしくお願いします!