2014年9月30日火曜日

生存報告(2014年9月)

 われわれがほかの人びとに与えることのできる最大の名誉のひとつは、その人をあるがままの姿で見ることだ。(シヴァ・ナイポール)

 また少し間が空いてしまいました。いかがお過ごしでしょうか。もうすぐ10月になりそうなので、その前に、少しだけおお蔵入り(?)しそうな写真をアップしておきましょう。道草の家の我々を普段から応援してくださっている皆さまへ向けた近況報告?


 『アフリカ』第23号(2014年8月号)をお買い求めいただいた皆さま、買ってはいないけど某所で読んだよ! という皆さま、雑誌を手にとってご覧くださった、すべての方々へ感謝、です。ただもう少し残っているはずです。ぼくの手元には、残り10数冊。アフリカキカクの拠点である珈琲焙煎舎(府中市)と、高城青の手元にも少しは残っているはずです。もう少し買えるところを増やしてよ! という声もいただいておりますが、面倒な雑誌で、本当に気に入ったところがないと行かないそうです。気長にお待ちください。諦めたころに、え? という展開があるカモ?


 珈琲焙煎舎は、もうすぐ3歳の誕生日を迎えます。この人が3歳じゃないよ(え? わかってる?)。店主、いつもありがとう。3年、つづける、しかも当初のコンセプト(やら何やらイロイロサマザマなこと)からブレずに頑固につづける、というのは、けっこうたいへんなことだ、とぼくは思ってます。この3年のアフリカキカクは、珈琲焙煎舎なしでは考えられませんでした(もともとは、たまたま近所に住んでいたという理由でしたっけ?)。これからもよろしくねー!


 その焙煎舎がある府中市、府中駅前の並木道は相変わらず… ではありません。並木道は無事ですが、府中駅前のステキな路地街はゴッソリ取り壊され、ショッピングモールか何かを建設中。いわゆる再開発っちゅーやつですな。なんという暴力的な街のつくりかえ方でしょうか? ぼくには馴染みの深い大阪のあべの橋筋も似たようなことになっており、さみしい思いをしています。経済効果? いまさら誰がそんな夢みたいなこと考えてんだ? 情けないですワタクシは。なるだけ行かないようにしたい。けど、いつか気になって行くだけ行ってみるのでしょうね。うーん。


 ダイバーシティ工房「READYFOR?キックオフイベント」は、満員御礼、でした(クラウドファンディング「発達障害の中高生に、社会性を育てるプログラムを届けたい!」の30万円も早々に達成していますが、残り1日です)。
 イベント内「ことばのワークショップ」は、戸惑い、疑問がまざり合う生々しい時間になっていた。なので結果、ぼくも一緒になって戸惑い、疑問にまみれ。でも、ちょっと「ゆる」すぎたかなぁ、という反省もありました。「ワークショップ」は、「風任せ」ではないのですが、それをどう言えば伝わるだろう? と終わってから考えていました。ぼくも勉強が足りません。
 就労移行支援「ユースキャリアセンターフラッグ」柴田泰臣さんの話、すごく勉強になりました。
 就労の際、自分の「障害」を「オープン」にするか「クローズ」にするかに関係なく、なんとかなる方と苦労する(←なんとかならないとは言わない)方のちがいの分析、「ほんとうに大変な方は人とのつながり、家族とのつながりすら希薄」といった改めての指摘や、「何より自分にとって大切な人から大切にされること」というメッセージ。「可能な人は、いわゆる健常者のものまねの練習をする」という提案(?)──つまり、「表面」をふるまうことができればそれだけで有利になることがある、それは処世術で、その人の本質を変えるものではない──など。
 自分としては、「等身大の自分を知る」ということのお手伝い(?)が、ワークショップという場づくりで、できればよいなぁ、などと考えました。が、「等身大の自分」って? 「自分」を大きくとらえることができればよいのかなぁ。

 市川での「ことばのワークショップ」は、10月から本格的(?)にはじまります。


 大田区を拠点にした「「外出」という仕事」も継続してやっています。この写真は、公私共にお世話になっている“まーちゃん”(“画伯”です)の母の誕生会をやったときのひとコマ。ぼくは少し顔を出した程度でしたけど、たのしかったなぁ。“まーちゃん”のことは、これから年末にかけていろいろ書くことになりそう。ワクワクする話なので、ご期待ください。


 その画伯からいただいたお皿。いいだろ〜。羽ばたいてます。なんだか励まされるよう。なので、お皿としては使わず(もったいなくて?)、道草の家の2階の、ぼくが作業する横のテーブルに置いて眺めながら仕事してます。ありがとう!


 大田区、吉祥寺、市川、府中と飛び回っているようですが、住んでいるのはもちろん変わらず横浜の、道草の家です。これはうちの最寄りの山手駅。仕事から帰ってきたところで、昼と夜の境目の、なんかいい写真が撮れたので。


 9月中旬からは、少し体調を崩したり(ことのはさんも調子が悪くて)、吃音の調子が最悪だったり、気分的にもなぜか沈んでいて、どうしたもんか? と少し悩みましたが、悩んでもどうしようもないことは悩んでも仕方がないので、開き直って過ごしていました。
 そんなとき、吉祥寺美術学院のアトリエでの毎週の授業は、自分にすごく良い波をくれています。
 センター試験までは、早くも残り4ヶ月。授業は、実戦へ向けた対策へと徐々に入ってきていますが、アトリエからは、単なる国語教師の役を超えて、学生の「創作」とか「表現」にかんするヒントを毎週持っていき、場合によっては学生より先に先生が「すごく参考になる」ような資料(ネタは書籍に限らず、新聞、小冊子、フリーペーパー、チラシ、レコードのライナーノーツ、ジャンル不特定のものまで、多岐にわたるのですが)を提供しているのがすごく評価されていて。ぼくとしては、それは「課外活動」ではあるものの、じつは彼らにとってはそっちが本分(本業?)で、授業そのものより、授業後の語り合いのほうが長くなったりすることも?
 9月のある週、自分に余裕がなかったので、たいした準備ができなくて、出かける前に、本棚(というよりも、本が大量に放り込んである押し入れ)を眺めて、ふっと目についたこの(上の写真の)本を持っていきました。青山南さんの『短編小説のアメリカ52講』という本。ぼくはもとになった本も読んで持っていて、ついでに(そのさらに元になった)雑誌連載時も毎月読んでいた。この本には、アメリカの大学における創作科(小説を書くことを教える場、いわゆるワークショップ)にかんするいろんなことも書かれていて。
 今回はその本から、ジョン・ガードナーが「良い教師と悪い教師」について並べている箇所とか(たとえば、「あまりにもワークショップ的なワークショップはダメである」だって、そうね、笑)、ジョン・アービングがカート・ヴォガネットに教わったけどヴォガネットは「干渉しない主義」だったとか、いろんな意見を言う人がいて、その背景にはあれこれあるんだって話を一緒に読んだりした。
 大学での「ワークショップ」のような場にたいしては、いろんな意見があるだろうけれど、小川国夫からのぼくらへのラスト・メッセージにもあったように、安心して小説の(美術の)話ができる「国」も必要で(ビジネスなど酷悪だという人ばかりのなかにいたら若いビジネスマンは耐えられない、それと同じ?)、どんなひどいワークショップでも、心理的理由により、ないよりはマシである、とガードナーは言ったそうな。
 で、ふっと思いついて、学生たちに「先生がどんな教え方をしているか、に着目したことある?」と訊いてみたりもしました。


 さてさて、お待たせしました。光海(こう)は、生まれて半年が過ぎました。はやいねぇ。すっかり大きくなって。毎日、元気に泣いてお母さんを困らせているそうです。まだ“ハイハイ”はしておりませんけど、もうすぐしそうな感じ? お父さんに“たかいたかい”をされるのが好きです。ハイ。彼を見ると、ぼくは救われる気がします。そんなもんですかねー?


 子育て、たいへんですけど、あのね、やっぱりかわいいです。未熟な父母だけど、周囲の人たちに助けられながら何とか暮らしています。生きていくために一番大事な技術(?)は、「助けを求めることができる」ようになることなんじゃないかと思ったりもして… 毎日のように「もうダメだー」とこぼしてます(?)が、あたたかい目で見守ってやってください。


 先日は大雨で、広島で信じられないような土砂災害があり、たくさんの死者を出して。数日前には岐阜〜長野の県境にある御嶽山の突然の噴火があり、たくさんの人が遭難死をしてしまいました。どちらも、いつ自分の身に起きてもおかしくないような、ショッキングな出来事で。幼い子供が誘拐されて殺されたり、自分と同世代の音楽家が自死したり、そういうニュースもショッキングで、いろいろ考えておりますけど、今回のふたつの自然災害は、それらのショックを遥かに超えていました。いま、我々は、“自然”をどう捉えているか、問われているような気がします。“自然”を制圧して、コントロールしようとしてきた結果が、この社会なのだとしたら… 自分たちがいかに無力か、もう少し自覚したほうがよいのではないか、とか。そうすれば、いろんなことが少しはマシになるんじゃないか、とか。火山のことも、ぼくは幼いころから火山のある街で過ごしてきたのに、けっこう知らないことだらけで、ニュースを見るのにもすごく勉強になります。勉強しないでニュースを見たら、いかに噓が多いか、ということにもずっと注目しています。


 10月は、またいろいろと新しい動きがあると思います。ここで発表することもいくつかありそう。どうぞお楽しみに。というか、自分も楽しみです。

 道草の家では、この夏に買った蚊帳を、相変わらず吊って寝ています。蚊帳を吊ると光海がぐっすり眠れるようで、ことのはさんは「年中でもいい」と言っておりますが、案外それもいいかも?

2014年9月5日金曜日

「ことばのワークショップ」(2014年8月30日)報告記

 宇宙のあらゆる場所で、人を含むあらゆる生物(もしくは鉱物、浮遊物とかも)が、それぞれの孤独を抱え、確実な受信の当てもなく、発信を続けている。そして何もそれは、悲壮感漂うことではない。(梨木香歩『水辺にて』)

 9月になりました。こちらは秋のような日がつづいておりましたが、昨日あたりから、また少しずつ蒸し暑さが戻ってきています。とはいえ、着実に秋に向かっています。いかがお過ごしでしょうか?

 8月は、3月につづいて、「新・道草のススメ」を1ヶ月間、書きました。個人的には、書きはじめたときには想像もしなかった出来事もあり、いろいろな心の動きがあって、忘れられない月になりました。と、そこまでは読んでいるだけでは、わかりづらいかな? とは思いますが、ひきつづきアップしておきますので、え? やってたの? という方はぜひご覧ください。

 『アフリカ』最新号(第23号/2014年8月号)は、もちろん9月になっても10月になっても(なくなるまで)販売中。


 相変わらず、地味に一冊、一冊、売れています。お買い求めいただいた方々、いつもご愛読いただいている方々へ、ありがとうございます。こちらはすでに次号の原稿を読んでいる最中で、新しい試みにも、少しずつ手が出ているところです。しばらく停滞気味だったと自分では思っているのですが、ようやく、動き出すことができています。

 8月末には、ここでも少し触れていた「ことばのワークショップ」の最初のイベントをやりました。


 今回は、NPO法人ダイバーシティ工房(市川市)が運営する、ふたつの塾──スタジオPlus+と自在塾の中高生がターゲットです。
 スタジオPlus+に通っている人たちは、いわゆる“発達障害”をもつ人たち。“発達障害”とは何か? スタジオPlus+のサイトをリンクしておきましょう。今回は、“発達障害”の人も、そうじゃない人も集まってくれました。顔を合わせたら、みな、そこでは対等なメンバーになります。

 今回のワークショップ、開始前に、準備してあったテーブルや椅子を、すべて教室の隅に追いやって、ガランとしたスペースづくりからはじめました。会場となったスタジオPlus+市川中央教室には、さまざまな形や色をした椅子が、いろいろあります。到着した人は、好きな椅子を持って、教室の真ん中付近に集まって好きに過ごしていてください、ということにしました。そこから、ワークショップははじまっています。

 当日は、こんな“しおり”も配りました。シャレてるでしょ?


 さすが、魅力的な問題(?)を抱えたメンバー、時間通りにたどりつけない人、スタッフが電話をかけてようやく起きられて、走って向かってきた人、そういう人もいました。まだ到着していない人も数名いましたが、ぼちぼちはじめます。(最終的には6人、スタッフも合わせて9人のワークショップになりました。)

 まずは、企画者、ファシリテーターであるぼくの自己紹介から。まずは、自分は吃音者で、スムーズに喋ることができないこと、だから時間通りに進めることが(じつは)苦手なこと、など、自分の“弱み”の紹介から。
 そして、「ワークショップって何?」という話。「ショップって、店だよね?」と言った人がいました。「では、ワークは?」というと、「仕事かな?」。そんな話から。
 ワークショップとは? いろんなニュアンスで使われるようですけれど、ここでは、「先生が教える」のではなく、「みんなで学ぶ」時間や場のこと。なので、ぼくは先生ではありません、ワークショップには先生はいません。なんてことを言ったら、スタッフも一緒になってポカンとしていたようでした(笑)。

 そこからワークショップの本編。同じ塾に通う人同士でも、じつははじめて会う人たちばかり、とのこと。自己紹介からやりましょう、と。自己紹介というと、なんだか堅苦しい気がして、当日は「お互いのことを話す時間」と言っていました。

 名前と、最近興味があること、とか、マイ・ニュースを少し話してください、ということにしてお喋りをはじめたら、好きな色について語りはじめる人、アルバイトの体験談を話す人、遠くから引っ越してきたことを話す人、自分の性格について話す人、いろんな話がでました。これだけでも、けっこう面白い。

 それからその日のメイン・テーマは、「音を聴いて、何か書いてみよう」というもの。

 ぼくの準備して行った“自然音”のCDから、リクエストを募って、マレーシアのジャングルの一日を編集した7分ほどの音に、全員で耳を傾けました。

 そのあと、紙とペンを持って、各自、教室のなかの好きな場所(個別ブースや、歓談のできるテーブルが散らばっている)に行って、短い作文をします。

 その作文のあとの語り合いは、とっても自由で、充実したものになりました。今回は短い時間でしたから、じゅうぶんには書けなかったでしょうけれど、短い時間で、パッと出てきたものを書きとめるという作業は、じつはかなり面白いものです。

※今日は時間がなくなったので、ここまで。つづき、また書きます。

※最後にお知らせですが、今後つづけていく「ことばのワークショップ」の「発達障害の中高生向けのSSTプログラム」にかんして、「READYFOR?」での寄付募集がはじまっています。

 今回は「30万円」という数字を掲げてあります。けれど、もちろん見定めている目標はその先、持続的な「場」や「プログラム」を育てていくこと。関心をもっていただける方にはいろんな方がいて、そこにはいろんな応援の仕方──かかわり方があると思います。

 まずは、ぜひご覧ください。私自身、今回「ことばのワークショップ」を通して、彼らのあたたかい「場」に触れ、堅実な仕事ぶりを感じていて。よいパートナーになれたらいいなぁと思っています。何よりも、集まっている「人」たちが、何だかいいんですよ!

 9/13(土)には、今回の「READYFOR?」にからめて(一般向けの)イベントも開催して、私はワークショップの縮小版を実際にやる予定になっています。

2014年8月28日木曜日

【特集】『アフリカ』第23号(2014年8月号)

 今のわたしは、滔々と続く大きな力そのものを「神さま」と感じている。それは自然であったり、自分の力が到底及ばないもの全てであるとも言える。(高城青「とうとうと神さま」〜『アフリカ』第9号/2010年5月号)

 さて、おまたせしました。『アフリカ』最新号(第23号/2014年8月号)、本日、珈琲焙煎舎にて発売。焙煎舎の「のんびり日記」でも触れてもらってます。店主、よろしくお願いします!
 定期購読の皆さんや関係各位へは昨日あたりから届きはじめて、遠方の鹿児島、沖縄などの方へも今日あたり届くころと思われます。今回も、どうぞ急がず、ゆったりページをめくってみてください。もちろん、ざっと流し読みもできますが、ゆっくり読むのがオススメです。


 さ、なんでしょう? “セイウチ”号です(左は貝、三崎の海岸で拾ってきたもの)。「さんざん遅れておいて、悪そうな目つきがいいね」なんて言った人がおりますが。今回もいつも通り、向谷陽子の切り絵が飾ってあります。今回はけっこう難しい作品だったようですが、力作です。実物でじっくりご覧ください。

 雑誌の表紙には、執筆者たちの名前とか作品名とかが書き連ねてあるのがぼくは嫌いなので(多くがやっていることはできるだけやらないというテーマがありまして)、このように雑誌名と、発行月だけ。おかげで、何の雑誌なのか、表紙を見ただけではサッパリわからない、なかなか売れない、という苦労をすすんで買うことになっています。
 でも出会う人はしっかり出会って買ってくれます。
 定期購読は嫌で、毎回注文して、「待つ」のが楽しみだ、なんて言う方もいらっしゃいまして、それはすごーく『アフリカ』の読者らしい読者だと感心して見ております(笑)。
 すべての読者の方へ、いつもありがとうございます。

 今回は、予告通り、「お詫び広告」からはじまります。それはまぁ、手にとって、見てのお楽しみ、ということで。


 何度も申し上げているとおり、今回は高城青を大きくフィーチャーしています。青さんのファンの皆さん、お待たせしました。そういう方はきっと、エッセイだろうが小説だろうが詩だろうが漫画だろうが、何でも同じように(?)読んでいる方だろうと思います。本人は「自分のばっかりこんな載せて大丈夫やろーか?」と不安がっておりますが、大丈夫、きっとそういう偏りのない読者が『アフリカ』を真ん中で支えてくださっていると思うので。ある意味では、下窪俊哉より『アフリカ』らしい書き手ですよ。と、編集人は自信をもってお届けします。

 まずは、エッセイ(本人が言うところの「文字」)とイラスト。「らせん見る夢」は、高城青の“創作”活動の原点といま、を書いています。


 下窪俊哉「さまざまな歌」。ぼくは今回、久しぶりに掌編小説というか、絵でいうところのスケッチのような小さな作品を書いています。「高城青と、あとひとり」で、少し触れてもらっていますが、青さんによると「静かな時間が流れる掌編」だそうです。


 高城青の小特集、題して「高城青の、暮らしと作品たち」。冒頭は、旧知の犬飼愛生による高城青の「ひと」について。「顔」というエッセイです。


 最近はすっかりお馴染みのエッセイ漫画「それだけで世界がまわるなら」は、大盤振る舞い16ページ!(全48ページ中の16ページです。)
 今回は、30代半ばにして運転免許証をとろうと自動車学校に通ったエピソード。とにかくたくさんの人が出てきます。「家族の話」だったこのシリーズも最近、外へ飛び出して何かと精力的な気がします。

 下窪俊哉によるインタビュー「小さい目立たない救いの話にしたかった──高城青との対話」では、高城青というペンネームの由来から、描き(書き)はじめた原点の話、『アフリカ』との出会い、その後のエッセイ、イラスト、漫画などの作品について、その舞台裏について、ひとつひとつ回想しています。

 今回は、あと過去の作品として詩を一篇、載せています。「紅(あか)」という、いまはなき『詩学』からの転載です。


 そして、これもお待たせしました。芦原陽子の「妊婦体験記 - 後篇」。先ほどの青さんのブログによると、「出産にまつわる出来事や心の動きがつぶさに書かれていて、非常に読み応えがあります」。

 編集人は、今回のこの号が、ぼくたちの息子・光海の誕生記念特別号(?)にならないようにしよう、と思っていました。でも、子を産むこと、いや、子が生まれることがどういうことか? とか、子をもたない選択をする人もあり、子を産めない人もいる、さまざまな生があり、さまざまな死がある、そういうことを、少しでも出しておけたらいいなぁと思ってもいました。

 この話は、また次号へつづきます。


 というわけで、今回もぜひ一家に一冊。と言いながら、今回も部数が少なくて、多少は残るように必死で宣伝をサボっておりましたが、何かあると一気になくなりそうな部数しかありません。絶対に読みたい! という方はぜひお早めに。

 次号からはもう少し増やそうかな? と思っておりますが、もちろん内容も少しリニューアルして、というつもり。で、今回はひとつの区切りになるか、どうか。それはまた次号のお楽しみ。まずは新しい“セイウチ”号を可愛がってあげてください。よろしくお願いします!

2014年8月26日火曜日

【イベント情報】ダイバーシティ工房「READYFOR? キックオフイベント」に参加します!(9/13)

 人を信じよ、しかしその百倍も自らを信じよ。(手塚治虫)

 横浜は今日、急に涼しくなって秋のようになっています。いかがお過ごしでしょうか? 夏も、もう終わりますね。

 さて、『アフリカ』最新号(第23号/2014年8月号)、無事に完成して、定期購読の皆さん、関係各位へは発送されているので、そろそろお手元に届くころかと思われます。今回もぜひゆっくり、くり返しお楽しみください。──で、その話をしたいところなのですが、その前にこの話題から。

 先日、NPO法人ダイバーシティ工房(市川市)の運営する「スタジオplus+」にて、これから「ことばのワークショップ」という時間をつくっていくという話(「「ことばのワークショップ」をはじめます」)を書きましたが、まさに私の(私も)担当しようとしている新しいプログラム──中高生向けSST(ソーシャルスキルトレーニング)にかんして、不足している運営資金を、クラウドファンディングサイト「READYFOR?」で募ることになりました。

 それに連動して、9/13(土)の午後、イベント開催が決まっていて、そこで「ことばのワークショップ」の短縮版を実際にやってみることになっています。現在、参加受付中ですので、興味ある方はぜひご参加ください(要申込)。

 詳しくは、ダイバーシティ工房サイトのインフォメーション あるいはFacebookのイベント・ページ をご覧ください。


 ※写真は、会場となる「スタジオPlus+」市川中央教室。7月にオープンしたばかりの新拠点です。(ダイバーシティ工房Facebookページより転載)

 大人の「発達障害」とはどんなものなのか? とか、中高生向けの「自分への理解」や「(自・他との)コミュニケーション」や「表現」をめぐる場づくりの重要性を、ともに考える、よい機会になりそうです。

 「ことばのワークショップ」は、今月30日に開催するイベントの縮小版(ダイジェスト版)のようになる予定なので、それがどんなものかは、また報告しますね!

 ぜひご注目ください。よろしくお願いします。

 『アフリカ』最新号、珈琲焙煎舎での販売開始が明後日・木曜(8/28)になりましたので、明日、詳しいことをここで触れようと思います。またぜひご覧ください!

2014年8月12日火曜日

「ことばのワークショップ」をはじめます。

 小手先の技ではなく、書くモチーフを自分の中に明らかにし、創造的に表現していくために、イメージ瞑想や、同じ情景を思い描くにしても視点をあれこれ移してみるなど、自己を見つめる様々な手法が繰り出される。書くことで、自分でも気づいていなかった自分の奥深いところまで旅することができる。未消化な体験を深く味わいなおしたり、見方を変えてみたりできる。それは深い気づきや癒しにまでいたる。(中野民夫『ワークショップ』)

 ところで、これから、「ことばのワークショップ」をはじめます。「ことばのワークショップ」、何それ? という話は、徐々に書いていきたいのですけれど、今日はそのとっかかりだけ、書いておこうと思います。

 数ヶ月前、あるサイトを通して、千葉県市川市を拠点とするNPO法人ダイバーシティ工房という人たちを知り、その後、不思議な縁ができて、これから通うことになりそうです。
 そこで、これから開催しようとしているのが、「ことばのワークショップ」。
 もともとは、ぼくが自己紹介のなかで、「ことばのワークショップ」(のようなこと)をやっている、ということを書いた(話した)のでした。これまで複数の場所で、受験の「国語」を教える傍らで、若者たちを相手に書いたり、話したりするいわば「ワークショップ」の時間を自然につくっていました。そのことを今回、「ことばのワークショップ」ということばで表現したら、「それ、やってみませんか?」という話の流れができました。

 NPO法人ダイバーシティ工房については、じつにいい雰囲気の団体なので、ぜひコチラをご覧ください。NPO法人化は2012年ですが、彼らの運営する「自在塾」は、代表理事の不破牧子さんの父親が1970年代にはじめたという、とっても「家庭的」な塾。数年前から、発達障害の子ども専門の塾「スタジオplus」も立ち上げて、先月(7月)には市川駅前に新拠点(市川中央教室+事務局)を構えたばかり。「ことばのワークショップ」の舞台となる予定の場所は、その新拠点(スタジオplus)のほうです。


 「ことばのワークショップ」は、「書く」こと、「話す」ことを通して、ひとりひとりが抱えている、いろんなことに自らが気づいたり、目を向けてあげたり、見方を変えてみたり、呆然と眺めてみたり、ということをする時間です。今回、はじめるワークショップも、たぶんそうなります。けれど、それはあくまでもこちらの狙いなので、こちらが想像もしなかった、おもしろい展開があっても全然OK、というかそれはむしろ嬉しいです。

 今回はひとまず、「スタジオplus」に通っている中・高生を中心に声をかけて、今月末に開催する「お試し企画」からスタートする予定になっています。
 お互いのことを話したり、「ワークショップ」って何だろう? どうしたい? を少し話してみたり…
 それから、夏の終わりに涼しい部屋で、世界中のいろんな場所で録音された「音」に耳を澄まして、自分の好きな音とか、香りとか、景色とか、時間とか、そういう感覚の話をしたり、少し書いたりする時間になりそう。


 一方、三年目の夏を迎えている吉祥寺美術学院のアトリエでは、今週、恒例の「作文セッション」をやる予定です。
 今年のテーマは、「自作解説をしてみよう!」。
 最近、若い彼らを見ていたら、「言語化」の作業が足りないような気がしていて。やってみれば? というのは簡単だけれど、実際にやってみるとどうなるんだろう? というのは、ひとつ場をつくってみてもよいのではないか? とずっと考えていました。
 「意識的になる」ことで、「無意識」から生まれるいろんなことも、より生きる、とぼくはちょっと考えてもいます。

  *

 よくよく考えたら、『アフリカ』では、「ことばのワークショップ」や「作文セッション」のなかでやるようなことを、ずっとやってきているような気もします。それがなければ、おそらく生きなかっただろうと思うようなことがたくさんありますから。

 で、この手の企画は、ぼく自身、とっても興味ありますし、あまりやれる人の少ない仕事だというような感触もあり(無知なだけかもしれませんが)、今後、ちょっとひろげていきたいと思っています。

 詳細、またいろいろ報告していけたら、と思っています。