2015年1月12日月曜日

【特集】しむらまさと絵本『からすのチーズ』(アフリカキカク・2014)

 幼い心に笑いをよびおこしたり、高まりを感じさせたり、あるいは、体ぐるみ自由に動きまわらせてやることのできる物語を創ることは、意図的にはできないことのように思われます。(渡辺茂男)

 2015年になって、もう半月近くがたとうとしています。「道草のススメ」では元旦にご挨拶しましたが、あらためて、あけましておめでとうございます。今年も、また、よろしくお願いします。

 年末には、バタバタしていて、絵本『からすのチーズ』の詳しいご紹介も、できないままでした。そうこうしているうちに『アフリカ』最新号(第24号/2015年1月号)も完成して、珈琲焙煎舎での販売も開始しています。

 昨年の我が家は、光海の誕生と、彼(赤ん坊)との新たな日々に必死で、それ以外のことはよく覚えていない… というと大げさですけど、まぁそう言いたくなるような年でした。毎日、元気です。


 で、なにはともあれ、昨年のさいごの数ヶ月は『からすのチーズ』と共にありました。とはいえ、これから、末永く読み継がれる本になりますように。出版をする人としての本当の「仕事」は、これから、です。


 著者と、絵本(左)、そして初回限定版(スペシャル・セット)についている「ぬりえ&原画集」(右)、これは完成品が到着した直後の写真で、どうです? この顔!


 ニシダ印刷製本から届いた、できたてホヤホヤの絵本をもって、著者も出演するゴスペルクワイアCHOUB(シューブ)のクリスマス・コンサートへ行き、「先行販売」したのでした。お買い上げいただいた皆様、ほんとうにありがとうございます。こどもたちが集ってきて、手にとって読んでいる場面が、なんだか忘れられません。最近、ぼくは本を売る本当の現場からは遠のいていたような気がしました。嬉しいものですね。

 雑誌とちがって、これは、あるていど長い時間をかけて(細々と?)売っていこうと思います。どう売っていくかは、目下、画策中。細かい事情を書きたいところですけど、本を買い、読む人には、ある意味では関係のない話なので今回は省略。

 そんなことより、絵本『からすのチーズ』の紹介を!(何それ? という方は、スペシャル・サイトからご覧くださいネ。)


 かわいいサイズです。A5ヨコ。まー、何の変哲もない(?)無線綴じのソフト・カバーですが… これ、じつはかなり考えた結果で。書店の絵本コーナーに行くと、何とも重たい本ばっかりなんですね! いまの日本の書店に限った話かもしれません。本の「保存」に重きが置かれているんでしょう。「読む」ことには、「保存」に比べたら重きが置かれていないというのがよくわかります。本が売れないと嘆きつづけて早ウン十年の業界が、「読む」より「保存」に大きな力をかけて本づくりをしている、これ滑稽な気もしますよワタクシは。それは絵本に限らない話でしょうけど、絵本の造本にすごくよく現れていると思いました。今回、絵本をつくろうとして絵本の勉強をした結果、やってきた気づき、でした。


 とはいえ、海外には軽い造本の絵本もたくさんあります。あの『はらぺこあおむし』だって、日本で売られている本は重たいハードカバーの本ですが、素晴らしくセンスがよくて軽い造本の英語版をみつけました。『からすのチーズ』と同じサイズで、やわらかい表紙の絵本もうちにはいくつかありました。日本にも、以前は軽い絵本がたくさん存在していた模様で、古本屋に行くとイロイロ勉強になります。いまみたいに重たい絵本ばかり売り出したのはいつ頃かな? やっぱりバブルの時代かなぁ。もしそうなら、お金があって良かったこともイロイロあるでしょうけど、これは良くなかったことに挙げたい。


 本のなかのほうはですね、事前にはあんまり見せたくないよねー、と言いながらつくっていました。なので、ここでも、まだもったいぶります。今回の絵本の「顔」として最初から登場してもらっていた「チーズをくわえて飛ぶからす」のページは、こんな感じ。

 著者のしむらまさと君、えんぴつによる原画だけじゃなくて、物語と、この文字もすべて彼の手によるものです。知的障害とか自閉症とかと呼ばれる障害のある彼ですが、へー、彼には「世界」がこう見えているのかー、ということが垣間見える一作、と言ってもよさそうな気がしています。

 でも、そんな距離をおいた見方は、じつはあんまりしていない、普段は。この絵本は、じつは出版者であり編集者であるぼく自身にも、何度も何度も問いかけてくる本です。

 『イソップ童話』に、からすときつねの話があり、その話を、しむらまさと流に読み取った、とも言えそうな気がしますが、彼にはそんな気はないかも? 彼には、これこそが『からすときつね』なのかもしれないし…

 でも、いまに伝わる『イソップ童話』とは、何か決定的な部分がちがいます。さ、それは何でしょう? それは経済の問題にもつながるし、文学の問題ともつながるし、もちろん福祉の問題ともつながるし、じつは、何にだってつながっているのだ、と思いながらつくり、できてからも、我が子に読み聞かせながら、たまに思っています。(10ヶ月歳の光海には、そんなこと言われても、かあかあ、でしょうけど、笑。)


 初回限定版(スペシャル・セット)のグッズは、こんな感じ。バッジ2種(「からす」と「おひさま」)、ポストカード5種(絵本のなかの絵4枚に著者の写真1枚)、ありがとうカード1枚(「これが力作なんだ」byしむら母)。それから…


 アフリカキカク得意のモノクロ冊子「ぬりえ&原画集」、これが貴重な一冊なんです。装丁は、雑誌『アフリカ』のエッセイ漫画でお馴染みの高城青。編集・ページデザイン・その他雑用は絵本と同様に下窪で、短い解説も書いてます。


 絵本は、著者がえんぴつで書いた絵を使って、色をつけてつくっているのですが、ここに載せたのは、原画および制作途中のデータ。後半のページは「ぬりえ」としても使えるようになっています。もちろん「ぬりえ」をしなくても、ある種の「資料」として貴重なものになると思っています。

 何はともあれ、絵が、いいんです。障害者の描いた… とか関係ないよ。ぜひご覧いただきたいと思っています。

(ただし、スペシャル・セットは、残部が少なくなってきていますので、ぜひ欲しいという方はお早めに!)
 

 というわけで、よろしくねー。(写真は、「先行販売」のブースにて、ピエロのようへい君とまさと君のツーショット!)

 ところで、光海との日々や、『からすのチーズ』を通して、絵本にすごく興味が深まってしまって、いろいろ読んでます。本屋に行っても絵本コーナーはチェックするようになってます。少し前まで考えられなかったことですけど、笑。


 そうこうしていたら、光海へのクリスマス・プレゼントがぼくの実家の母から届き、なんと! ぼくが幼いころ夢中で読んだ二冊の絵本が! どちらも「わたなべしげお」さん作の絵本です。『しょうぼうじどうしゃ じぷた』は、ずっと忘れてなかった、心のなかにしまってありました。現物は読みすぎてページがはがれ、痛んでいたようですが、今回、両親がきれいに整えてくれました(色が素晴らしいです、これ今の印刷では出せないかも?)。「くまたくん」の『ぼくまいごになったんだ』は、忘れていましたが、見た瞬間にわかりました、数十年ぶりの再会です。なつかしい。

 それから、このお正月には、それら絵本の作者・渡辺茂男さんのエッセイ集『心に緑の種をまく』(新潮文庫)との嬉しい出会いもありました。

 彼の絵本の子だったぼくが、大人になり、ふたたび絵本の世界に帰ってきました。

 ぼくの本づくりの、今後に、すごく大きな光を投げかけてくれています。

2014年12月30日火曜日

〈からす〉の共演

 ことばとは、行動である。(スタニスラフスキー)

 こちらの更新が滞っていました。2014年も明日まで、という12/30の夜に書いています。ぼくは今日がいちおう仕事納めでした。「いちおう」というのは、今年もまた残してしまった宿題がイロイロあるから… 年末はあまりの多忙さに年賀状にもまったく手がつけられていない状況で、この際、開き直って、お正月の挨拶ではなく、お正月の様子を知らせる媒体にすれば面白いんじゃない? なんて思いついているところです。まー、ようは言い訳です。


 いろいろお伝えしてきたとおり(詳しくは「道草の家・ことのは山房」のサイトをご覧ください)、この12月、絵本『からすのチーズ』を無事に発売することができました。どんな本なの? をじっくり書く暇もなく、ここまで過ごしてしまいました。

 が、おかげさまで、発売から半月、予想を超えるたくさんの反響があり、ご愛読いただいている皆様へは心から感謝、です。素晴らしい作品だという確信はあるのですが、ぼくがよいと思うものが多くの人に受け容れられるかというと… 正直、不安が大きくて。
 でもふたを開けてみると… ぼくが夏にこの作品を「発見」したときの感触は、読む人にはしっかり伝わっているという気がしています。
 制作にかんする経緯は、数日前に完成したばかり(定期購読の皆様へは発送中、もうそろそろつくころかな?)『アフリカ』第24号(2015年1月号)に少し書いています。
 12/13に、『からすのチーズ』を先行販売したときに、販売ブースに子どもたちがやってきて、絵本を手にとって楽しそうにしているのを見て、なんかね、涙が出そうでした。しかしね、じつはこの絵本、大人が読んでもすごくいいです。大人にこそ読んでほしい、という気すらしています。

 スペシャル・セットは、みんな買ってくださっているので、もしかしたら売り切れが近いかも。欲しいと思っている方は、ぜひお急ぎください。

 今年は、いろんな意味で、とてもとても大きな飛躍の一年になったかもしれません。ま、そんなことや、あんなことも、年が変わってから、ゆっくり書くことにいたしましょう。いやー、今年もつかれたなー。お正月くらい、少しはのんびりしようと思います。今月、また毎日書いている「道草のススメ」は、1月もつづきます。『アフリカ』は1月号だものね。「プロモーション」と称して今回はもうひと月、書きます。

 来年もひきつづき、よろしくお願いします。よいお年を。

2014年10月24日金曜日

【お知らせ】しむらまさと絵本『からすのチーズ』──12月発売予定!

 表現したいことがある人のまわりには、かならず小さなマーケットがある。(ビル・アトキンソン)

 秋もしだいに深まってきました。いかがお過ごしでしょうか。

 このブログの前回の更新分(9月末)の最後で、こんなことを書きました。

 10月は、またいろいろと新しい動きがあると思います。ここで発表することもいくつかありそう。どうぞお楽しみに。というか、自分も楽しみです。

 なんとも、もったいぶった書き方になっておりましたけど、話が具体的に動き出して、スペシャル・サイトなるものをつくったので、お知らせします。

 題して、「しむらまさと絵本『からすのチーズ』スペシャル・サイト


 ウェブ・デザインは借り物みたい(?)ですが、中身はホンモノです。

 「アフリカキカク」を、雑誌『アフリカ』だけでなくて、「ちいさな本」をつくり「らしい」感じでお届けしていく出版レーベルにしていこう、という計画は以前からありました。
 この数年、「これを本にしたい」と思えるものが、ぼくの回りに、「アフリカキカク」のまわりに、次々と現れていたから。
 ただ、日々の仕事や、『アフリカ』に追われて、なかなか手が回らなくて。

 そんなある日、数ヶ月前だったか、「外出支援」の仕事で大田区へ行ったときに、あるファイルを出してきて、「これ、本にならないかなぁ」ってつぶやいた方がいて、それがしむらまさと君のお母さんでした。

 彼は今年になってから、ひとりで(いちおうぼくが「支援者」としてついてはおりましたけど)道草の家へ泊まりに来たこともありました。しむら家と道草の家とは、公私を超えた付き合いです──という前に、しむら家は仕事云々を超えていろんな人が出入りしてご飯を食べたり、お喋りしたりしている、街のなかにひっそり存在する「森のイスキア」のような場所(言いすぎたかな)で、ぼくはそこに出入りしているひとりなんですね。

 で、ぼくはそんなファイルが存在することを、そのときはじめて知って、「やりましょう!」と。なにより、そこに書かれている「絵本」が、いかにもまさと君らしい、爽快な内容だったから、というのが大きかった。イソップ童話の教訓めいた話を爽やかに吹き飛ばす、シンプルないい作品です。

 今回、「アフリカキカク」の本としてつくりますが、きっかけとなったファイルをつくったのも、絵本のデザインを行うのも、著者が参加する「ワークショップノコノコ」の荻野夕奈さん。じつはぼくは荻野さんの展覧会にも足を運んで、ずっと注目していたので、今回のコラボレーションの実現を楽しみにしていました。

 じゃあ下窪俊哉は何をするの? って話ですけど、プロデューサーというか、雑用全般というか。
 出版レーベル「アフリカキカク」は、自分の作品とか、『アフリカ』の作品を本にしたいだけのものではないので(それもやると思うケド)、しむらまさと君の絵本が最初の本になるのは、全然おかしいことじゃないし、むしろふさわしい、自然な流れだと思っています。

 詳細はこれから徐々に出していきますけど、価格は1000円(前後)を予定していて、コンサート会場とか、珈琲屋、パン屋など、また本屋以外の場所で売るのがメインになりそう(あくまでも予定)。もちろんネット販売もする予定です。

 ひとまず第一報まで! ぜひご期待ください。

2014年9月30日火曜日

生存報告(2014年9月)

 われわれがほかの人びとに与えることのできる最大の名誉のひとつは、その人をあるがままの姿で見ることだ。(シヴァ・ナイポール)

 また少し間が空いてしまいました。いかがお過ごしでしょうか。もうすぐ10月になりそうなので、その前に、少しだけおお蔵入り(?)しそうな写真をアップしておきましょう。道草の家の我々を普段から応援してくださっている皆さまへ向けた近況報告?


 『アフリカ』第23号(2014年8月号)をお買い求めいただいた皆さま、買ってはいないけど某所で読んだよ! という皆さま、雑誌を手にとってご覧くださった、すべての方々へ感謝、です。ただもう少し残っているはずです。ぼくの手元には、残り10数冊。アフリカキカクの拠点である珈琲焙煎舎(府中市)と、高城青の手元にも少しは残っているはずです。もう少し買えるところを増やしてよ! という声もいただいておりますが、面倒な雑誌で、本当に気に入ったところがないと行かないそうです。気長にお待ちください。諦めたころに、え? という展開があるカモ?


 珈琲焙煎舎は、もうすぐ3歳の誕生日を迎えます。この人が3歳じゃないよ(え? わかってる?)。店主、いつもありがとう。3年、つづける、しかも当初のコンセプト(やら何やらイロイロサマザマなこと)からブレずに頑固につづける、というのは、けっこうたいへんなことだ、とぼくは思ってます。この3年のアフリカキカクは、珈琲焙煎舎なしでは考えられませんでした(もともとは、たまたま近所に住んでいたという理由でしたっけ?)。これからもよろしくねー!


 その焙煎舎がある府中市、府中駅前の並木道は相変わらず… ではありません。並木道は無事ですが、府中駅前のステキな路地街はゴッソリ取り壊され、ショッピングモールか何かを建設中。いわゆる再開発っちゅーやつですな。なんという暴力的な街のつくりかえ方でしょうか? ぼくには馴染みの深い大阪のあべの橋筋も似たようなことになっており、さみしい思いをしています。経済効果? いまさら誰がそんな夢みたいなこと考えてんだ? 情けないですワタクシは。なるだけ行かないようにしたい。けど、いつか気になって行くだけ行ってみるのでしょうね。うーん。


 ダイバーシティ工房「READYFOR?キックオフイベント」は、満員御礼、でした(クラウドファンディング「発達障害の中高生に、社会性を育てるプログラムを届けたい!」の30万円も早々に達成していますが、残り1日です)。
 イベント内「ことばのワークショップ」は、戸惑い、疑問がまざり合う生々しい時間になっていた。なので結果、ぼくも一緒になって戸惑い、疑問にまみれ。でも、ちょっと「ゆる」すぎたかなぁ、という反省もありました。「ワークショップ」は、「風任せ」ではないのですが、それをどう言えば伝わるだろう? と終わってから考えていました。ぼくも勉強が足りません。
 就労移行支援「ユースキャリアセンターフラッグ」柴田泰臣さんの話、すごく勉強になりました。
 就労の際、自分の「障害」を「オープン」にするか「クローズ」にするかに関係なく、なんとかなる方と苦労する(←なんとかならないとは言わない)方のちがいの分析、「ほんとうに大変な方は人とのつながり、家族とのつながりすら希薄」といった改めての指摘や、「何より自分にとって大切な人から大切にされること」というメッセージ。「可能な人は、いわゆる健常者のものまねの練習をする」という提案(?)──つまり、「表面」をふるまうことができればそれだけで有利になることがある、それは処世術で、その人の本質を変えるものではない──など。
 自分としては、「等身大の自分を知る」ということのお手伝い(?)が、ワークショップという場づくりで、できればよいなぁ、などと考えました。が、「等身大の自分」って? 「自分」を大きくとらえることができればよいのかなぁ。

 市川での「ことばのワークショップ」は、10月から本格的(?)にはじまります。


 大田区を拠点にした「「外出」という仕事」も継続してやっています。この写真は、公私共にお世話になっている“まーちゃん”(“画伯”です)の母の誕生会をやったときのひとコマ。ぼくは少し顔を出した程度でしたけど、たのしかったなぁ。“まーちゃん”のことは、これから年末にかけていろいろ書くことになりそう。ワクワクする話なので、ご期待ください。


 その画伯からいただいたお皿。いいだろ〜。羽ばたいてます。なんだか励まされるよう。なので、お皿としては使わず(もったいなくて?)、道草の家の2階の、ぼくが作業する横のテーブルに置いて眺めながら仕事してます。ありがとう!


 大田区、吉祥寺、市川、府中と飛び回っているようですが、住んでいるのはもちろん変わらず横浜の、道草の家です。これはうちの最寄りの山手駅。仕事から帰ってきたところで、昼と夜の境目の、なんかいい写真が撮れたので。


 9月中旬からは、少し体調を崩したり(ことのはさんも調子が悪くて)、吃音の調子が最悪だったり、気分的にもなぜか沈んでいて、どうしたもんか? と少し悩みましたが、悩んでもどうしようもないことは悩んでも仕方がないので、開き直って過ごしていました。
 そんなとき、吉祥寺美術学院のアトリエでの毎週の授業は、自分にすごく良い波をくれています。
 センター試験までは、早くも残り4ヶ月。授業は、実戦へ向けた対策へと徐々に入ってきていますが、アトリエからは、単なる国語教師の役を超えて、学生の「創作」とか「表現」にかんするヒントを毎週持っていき、場合によっては学生より先に先生が「すごく参考になる」ような資料(ネタは書籍に限らず、新聞、小冊子、フリーペーパー、チラシ、レコードのライナーノーツ、ジャンル不特定のものまで、多岐にわたるのですが)を提供しているのがすごく評価されていて。ぼくとしては、それは「課外活動」ではあるものの、じつは彼らにとってはそっちが本分(本業?)で、授業そのものより、授業後の語り合いのほうが長くなったりすることも?
 9月のある週、自分に余裕がなかったので、たいした準備ができなくて、出かける前に、本棚(というよりも、本が大量に放り込んである押し入れ)を眺めて、ふっと目についたこの(上の写真の)本を持っていきました。青山南さんの『短編小説のアメリカ52講』という本。ぼくはもとになった本も読んで持っていて、ついでに(そのさらに元になった)雑誌連載時も毎月読んでいた。この本には、アメリカの大学における創作科(小説を書くことを教える場、いわゆるワークショップ)にかんするいろんなことも書かれていて。
 今回はその本から、ジョン・ガードナーが「良い教師と悪い教師」について並べている箇所とか(たとえば、「あまりにもワークショップ的なワークショップはダメである」だって、そうね、笑)、ジョン・アービングがカート・ヴォガネットに教わったけどヴォガネットは「干渉しない主義」だったとか、いろんな意見を言う人がいて、その背景にはあれこれあるんだって話を一緒に読んだりした。
 大学での「ワークショップ」のような場にたいしては、いろんな意見があるだろうけれど、小川国夫からのぼくらへのラスト・メッセージにもあったように、安心して小説の(美術の)話ができる「国」も必要で(ビジネスなど酷悪だという人ばかりのなかにいたら若いビジネスマンは耐えられない、それと同じ?)、どんなひどいワークショップでも、心理的理由により、ないよりはマシである、とガードナーは言ったそうな。
 で、ふっと思いついて、学生たちに「先生がどんな教え方をしているか、に着目したことある?」と訊いてみたりもしました。


 さてさて、お待たせしました。光海(こう)は、生まれて半年が過ぎました。はやいねぇ。すっかり大きくなって。毎日、元気に泣いてお母さんを困らせているそうです。まだ“ハイハイ”はしておりませんけど、もうすぐしそうな感じ? お父さんに“たかいたかい”をされるのが好きです。ハイ。彼を見ると、ぼくは救われる気がします。そんなもんですかねー?


 子育て、たいへんですけど、あのね、やっぱりかわいいです。未熟な父母だけど、周囲の人たちに助けられながら何とか暮らしています。生きていくために一番大事な技術(?)は、「助けを求めることができる」ようになることなんじゃないかと思ったりもして… 毎日のように「もうダメだー」とこぼしてます(?)が、あたたかい目で見守ってやってください。


 先日は大雨で、広島で信じられないような土砂災害があり、たくさんの死者を出して。数日前には岐阜〜長野の県境にある御嶽山の突然の噴火があり、たくさんの人が遭難死をしてしまいました。どちらも、いつ自分の身に起きてもおかしくないような、ショッキングな出来事で。幼い子供が誘拐されて殺されたり、自分と同世代の音楽家が自死したり、そういうニュースもショッキングで、いろいろ考えておりますけど、今回のふたつの自然災害は、それらのショックを遥かに超えていました。いま、我々は、“自然”をどう捉えているか、問われているような気がします。“自然”を制圧して、コントロールしようとしてきた結果が、この社会なのだとしたら… 自分たちがいかに無力か、もう少し自覚したほうがよいのではないか、とか。そうすれば、いろんなことが少しはマシになるんじゃないか、とか。火山のことも、ぼくは幼いころから火山のある街で過ごしてきたのに、けっこう知らないことだらけで、ニュースを見るのにもすごく勉強になります。勉強しないでニュースを見たら、いかに噓が多いか、ということにもずっと注目しています。


 10月は、またいろいろと新しい動きがあると思います。ここで発表することもいくつかありそう。どうぞお楽しみに。というか、自分も楽しみです。

 道草の家では、この夏に買った蚊帳を、相変わらず吊って寝ています。蚊帳を吊ると光海がぐっすり眠れるようで、ことのはさんは「年中でもいい」と言っておりますが、案外それもいいかも?

2014年9月5日金曜日

「ことばのワークショップ」(2014年8月30日)報告記

 宇宙のあらゆる場所で、人を含むあらゆる生物(もしくは鉱物、浮遊物とかも)が、それぞれの孤独を抱え、確実な受信の当てもなく、発信を続けている。そして何もそれは、悲壮感漂うことではない。(梨木香歩『水辺にて』)

 9月になりました。こちらは秋のような日がつづいておりましたが、昨日あたりから、また少しずつ蒸し暑さが戻ってきています。とはいえ、着実に秋に向かっています。いかがお過ごしでしょうか?

 8月は、3月につづいて、「新・道草のススメ」を1ヶ月間、書きました。個人的には、書きはじめたときには想像もしなかった出来事もあり、いろいろな心の動きがあって、忘れられない月になりました。と、そこまでは読んでいるだけでは、わかりづらいかな? とは思いますが、ひきつづきアップしておきますので、え? やってたの? という方はぜひご覧ください。

 『アフリカ』最新号(第23号/2014年8月号)は、もちろん9月になっても10月になっても(なくなるまで)販売中。


 相変わらず、地味に一冊、一冊、売れています。お買い求めいただいた方々、いつもご愛読いただいている方々へ、ありがとうございます。こちらはすでに次号の原稿を読んでいる最中で、新しい試みにも、少しずつ手が出ているところです。しばらく停滞気味だったと自分では思っているのですが、ようやく、動き出すことができています。

 8月末には、ここでも少し触れていた「ことばのワークショップ」の最初のイベントをやりました。


 今回は、NPO法人ダイバーシティ工房(市川市)が運営する、ふたつの塾──スタジオPlus+と自在塾の中高生がターゲットです。
 スタジオPlus+に通っている人たちは、いわゆる“発達障害”をもつ人たち。“発達障害”とは何か? スタジオPlus+のサイトをリンクしておきましょう。今回は、“発達障害”の人も、そうじゃない人も集まってくれました。顔を合わせたら、みな、そこでは対等なメンバーになります。

 今回のワークショップ、開始前に、準備してあったテーブルや椅子を、すべて教室の隅に追いやって、ガランとしたスペースづくりからはじめました。会場となったスタジオPlus+市川中央教室には、さまざまな形や色をした椅子が、いろいろあります。到着した人は、好きな椅子を持って、教室の真ん中付近に集まって好きに過ごしていてください、ということにしました。そこから、ワークショップははじまっています。

 当日は、こんな“しおり”も配りました。シャレてるでしょ?


 さすが、魅力的な問題(?)を抱えたメンバー、時間通りにたどりつけない人、スタッフが電話をかけてようやく起きられて、走って向かってきた人、そういう人もいました。まだ到着していない人も数名いましたが、ぼちぼちはじめます。(最終的には6人、スタッフも合わせて9人のワークショップになりました。)

 まずは、企画者、ファシリテーターであるぼくの自己紹介から。まずは、自分は吃音者で、スムーズに喋ることができないこと、だから時間通りに進めることが(じつは)苦手なこと、など、自分の“弱み”の紹介から。
 そして、「ワークショップって何?」という話。「ショップって、店だよね?」と言った人がいました。「では、ワークは?」というと、「仕事かな?」。そんな話から。
 ワークショップとは? いろんなニュアンスで使われるようですけれど、ここでは、「先生が教える」のではなく、「みんなで学ぶ」時間や場のこと。なので、ぼくは先生ではありません、ワークショップには先生はいません。なんてことを言ったら、スタッフも一緒になってポカンとしていたようでした(笑)。

 そこからワークショップの本編。同じ塾に通う人同士でも、じつははじめて会う人たちばかり、とのこと。自己紹介からやりましょう、と。自己紹介というと、なんだか堅苦しい気がして、当日は「お互いのことを話す時間」と言っていました。

 名前と、最近興味があること、とか、マイ・ニュースを少し話してください、ということにしてお喋りをはじめたら、好きな色について語りはじめる人、アルバイトの体験談を話す人、遠くから引っ越してきたことを話す人、自分の性格について話す人、いろんな話がでました。これだけでも、けっこう面白い。

 それからその日のメイン・テーマは、「音を聴いて、何か書いてみよう」というもの。

 ぼくの準備して行った“自然音”のCDから、リクエストを募って、マレーシアのジャングルの一日を編集した7分ほどの音に、全員で耳を傾けました。

 そのあと、紙とペンを持って、各自、教室のなかの好きな場所(個別ブースや、歓談のできるテーブルが散らばっている)に行って、短い作文をします。

 その作文のあとの語り合いは、とっても自由で、充実したものになりました。今回は短い時間でしたから、じゅうぶんには書けなかったでしょうけれど、短い時間で、パッと出てきたものを書きとめるという作業は、じつはかなり面白いものです。

※今日は時間がなくなったので、ここまで。つづき、また書きます。

※最後にお知らせですが、今後つづけていく「ことばのワークショップ」の「発達障害の中高生向けのSSTプログラム」にかんして、「READYFOR?」での寄付募集がはじまっています。

 今回は「30万円」という数字を掲げてあります。けれど、もちろん見定めている目標はその先、持続的な「場」や「プログラム」を育てていくこと。関心をもっていただける方にはいろんな方がいて、そこにはいろんな応援の仕方──かかわり方があると思います。

 まずは、ぜひご覧ください。私自身、今回「ことばのワークショップ」を通して、彼らのあたたかい「場」に触れ、堅実な仕事ぶりを感じていて。よいパートナーになれたらいいなぁと思っています。何よりも、集まっている「人」たちが、何だかいいんですよ!

 9/13(土)には、今回の「READYFOR?」にからめて(一般向けの)イベントも開催して、私はワークショップの縮小版を実際にやる予定になっています。